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古民家一棟ショールーム
山梨県身延町(旧中富町)に
泊まれるショールームをご用意しました
セミオープン実施中です
家は、大正初期に
大工だった曽祖父が
建てた家です
2代をまたいで
私たちが山梨に戻り
10年経ち、いよいよこの家と
おつきあいをはじめることに
しました
樹を植えて
それが育って、家を建てる
建てた家が古くなったら
直して使う
最後は土に還ることを想定しながら
手を入れる
森と暮らしと社会の健康な循環
その少し大きめの一端が、
私たちのところへ回ってきました
残されたこの家を
どうするかということも
私たちの任務に違いなく
ずっとやってきた
未だ大好きなものづくりに繋げ
今までできなかった
一棟トータルのものづくりを
ここで展開していきます
中富物語(経緯)
古民家にまつわる考察
どうする、古民家
7年前から両親が2拠点居住で使っていたこの家を、私たちが引き継ぐことになりました。築100年の古民家は、言わずもがな修繕が必要な箇所だらけ。しかし、使うあてもない家にお金をかける余裕はありません。私たち家族が住む家は既にあるし、どうしよう。子どもたちの世代をこの土地に縛るのも、私たちの本意ではありません。
親世代のたのしみ
神奈川県在住の両親は、ひと月に数日この家に滞在して四季の畑仕事をしていました。つくった作物は、私たちの家にもたくさん運ばれ、子どもたちの血となり肉となり、次世代を育てています。この家に私たちを招いては、採れた野菜でご馳走をつくってくれて、野菜が成長する様子や畑仕事の楽しさ、この土地のよさ、家の過ごしやすさを話してくれます。日頃の街での暮らしでは得られない喜びやくつろぎをこの家で過ごす時間の中で得ているように見えています。
今とこの先、その両方
この家を含むこの場所が生みだす両親のよろこびとくつろぎを保ちながら、将来を見据えた改修をしていかないといけません。どうせ改修するのなら、私たちの仕事に活かせる場所にしたい。
やりたいことを並行
両親の世代と私たちの世代、それぞれの世代の「今、やりたいこと」を並行する。それができなければ、この古い家の存在は私たち世代の「お荷物」になってしまいます。この家には、きっと二世代両方の想いを包み込む深さと優しさがあるはず。
森を感じる家具と彫刻、建築を絡めた造作の現物を見ていただけるショールームへ変身を遂げます。
空家、どこもかしこも
私たちが工房を構える富士川町の砂垈(すなんた)地区は、6世帯しか住んでいない過疎最前線の集落です。
空家は人が住んでいる家よりはるかに多く、耕作放棄の畑は年々草刈りされなくなっていきます。ここで暮らしたおじいちゃんやおばあちゃんから世代が変わってしまうと、家や土地が誰のものだかわからなくなってしまい、私たちはどうすることもできずに、荒れていく家や畑を見ながら暮らしています。
世代と地域の
ピースフルな未来
空家問題は、私たちの地域だけで起こっている問題ではなく、様々な地域や人が抱える大きな問題のように思えます。残された先祖の家とどう向き合うのか。私たちの世代が目を逸らさず考えなくてはならない課題だと、今回、ひしひしと感じました。
森の樹からテーブルひとつをつくるために、乾燥期間を含めれば6年はかかります。そういう尺度で物事を見ている私たちでさえ、100年後を考えることは簡単ではありません。しかし、私たちが得意とする「ものづくり」をつかって世代や地域のピースフルな未来をつくる一端を担えればいいなと思うのです。
両親も、私たちも、子どもたちも、地域も社会も、森も暮らしも、それぞれができるだけ健やかでいられる形を見つけたいと思っています。
ハードルを下げよう
「家が最大のゴミ」とまで言われる現代ですが、曽祖父の手の跡が残るこの家が、両親のよろこびを生んでいるこの家が、ゴミだなんて思いたくないし、同じ空家問題を抱える人たちもそう思わないで済んだらいい。家は大きな「物」だから、建てる時にも大変なドラマがあったはず。永く使われたならなおのこと、そこに人の営みが滲み込んでいると思えてなりません。
家と共にあった時代とそれにまつわるよろこびや思い出を断ち切らずに、商業利用と並行させる。家を手放す側も受け継ぐ側も、このような「並行利用」という名の「移行期」をつくることでハードルが下がることを実証したい。これが実現できれば、多くの空家利用がぐっと身近になると思うのです。
家が役目を終える日を待つのでもなく、家の役目を断ち切って商業利用をはじめるのでもない。この一見中途半端に見える形が、未来につながる新しい空家利用のはじめ方の一つとなればいいと思っています。
先人の手
ぼくの手
改装にあたり
家の一部を解体をする中で
曽祖父の作業する手を
たびたび感じています
どんな思いで建てたのか
どんな時代だったのか
どんな風景だったのか
何度も想いを
めぐらせました
築100年の建物は
たくさんのドラマを
はらんでいます
すぎた時の長さと
それを超えてきた
存在し続けてきた事実に
圧倒されます
とても
エキサイティングでした
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